那須川天心はなぜキックボクシングを辞めてボクシングへ転向した?「捨てた」のではなく卒業を選んだ理由

総合格闘技、K-1

那須川天心がキックボクシングからプロボクシングへ転向したことについて、「なぜ無敗で強かったのにキックを辞めたのか」「どうしてキックボクシングを捨てたのか」と疑問に感じる人は少なくありません。しかし本人の発言をたどると、キックボクシングへの不満や嫌悪から離れたというより、キックでやるべきことをやり切ったと感じ、再び挑戦者になれる場所としてボクシングを選んだと考えるのが最も実態に近いです。

那須川は2021年にボクシング転向を正式発表した際、キックでは長くチャンピオンとして挑戦者を迎える立場になっていた一方、自分は常に挑戦していたいという趣旨を説明しています。そして2022年6月のTHE MATCHで武尊に勝利した後、キックボクシングを卒業し、本格的にボクシングへ進みました。

つまり「キックを捨てた」というより、無敗の王者という安全な立場に残るのではなく、別競技でゼロから上を目指す道を選んだ、という表現の方が適切です。ここでは本人の発言や当時の状況をもとに、転向の理由を詳しく整理します。

那須川天心はキックボクシングを嫌いになったわけではない

まず押さえておきたいのは、那須川がキックボクシングそのものを否定してボクシングへ移ったわけではないという点です。

2022年の対談では、キックボクシングについて「めちゃめちゃ好き」という趣旨を話したうえで、日本でやるべきことをやり切ったため、世界的に大きな競技であるボクシングを目指したいと説明しています。[参照]

したがって転向を「キックへの見切り」と考えるより、キックで築いたキャリアを一区切りにして、新しい競技へ挑戦したと理解する方が本人の説明に合っています。

最大の理由は「もう一度挑戦者になりたかった」こと

那須川自身が繰り返し口にしている転向理由の中心は、「挑戦」です。

2021年に転向を正式発表した際には、ここ数年は常に挑戦者を迎え撃つ立場だったものの、その立場に甘んじず「常に挑戦していたい」という思いからボクシングを選んだと説明しています。[参照]

キック時代の那須川は若くして王者になり、その後も勝利を積み重ねました。するとキャリア後半では「誰に挑むか」ではなく「誰の挑戦を受けるか」という立場になります。それよりも、自分が一番下から上を追いかける環境に魅力を感じたわけです。

キックでは「やり切った」という感覚があった

転向発表時、那須川はキックボクシングについて「やり切った」という趣旨を明確に語っています。

2021年のインタビューでは、ずっとチャンピオンとして挑戦者を迎える状況より、自分がボクシングへ挑戦し、強いチャンピオンを倒していく方が人生として面白いと説明しています。またキックについて「やり残したことはない」としています。[参照]

その後のインタビューでも「キックはもうマックスだった」と表現し、対照的にボクシングは一から始める新しいスタートだと語っています。[参照]

無敗の立場を守るより、ゼロから始める方を選んだ

普通に考えれば、キックで圧倒的な実績を持つ選手が別競技へ移るのは大きなリスクです。キックに残れば王者として高い評価を維持できた可能性があります。

それでも那須川は、その「完成された立場」を維持するより、ボクサーとして評価ゼロに近いところから始める道を選びました。

本人も転向時、「自分がゼロからの挑戦者になれる道を次のフィールドとして選んだ」と説明しています。[参照] この言葉を見ると、王者の地位を守ることより、新しいことへ挑むこと自体に価値を感じていたことが分かります。

ボクシングが世界的に大きな競技だったことも理由の一つ

那須川自身は、ボクシングが世界的に広く行われている競技であることも転向理由として挙げています。

2022年の久保建英との対談では、日本でキックとしてやるべきことをやり切ったうえで、世界的に有名なボクシングをしっかり目指したいと思ったと説明しています。[参照]

ボクシングには世界各国に競技人口が存在し、複数の世界王座、長い歴史、巨大な興行市場があります。そこでどこまで自分が通用するのか試したいという気持ちは、那須川の挑戦志向と非常に相性が良かったと考えられます。

「キックで相手がいなくなった」ことも背景として考えられる

那須川のキック時代は、キャリア後半になるほどマッチメイクそのものが難しくなっていました。

無敗を維持しながら複数の王座を獲得し、多くのトップ選手に勝利していたため、「次に誰と戦えば新しい挑戦になるのか」という問題が出てきます。当時の報道でも、キック界では敵なしに近い存在となり、対戦相手選びが難しくなっていたことが指摘されています。[参照]

本人が単純に「相手がいないから辞めた」と説明したわけではありませんが、トップに長期間居続けた状況が、別競技へ挑戦したい気持ちを強めた背景の一つだったと見ることはできます。

武尊戦を終えたこともキック卒業の大きな区切りになった

那須川のキックキャリアにおいて、長年待望されていた最大級のカードが武尊との対戦でした。

団体の違いなどから長期間実現しなかった試合でしたが、2022年6月19日のTHE MATCH 2022でついに対戦。那須川が1ラウンドにダウンを奪い、判定で勝利しました。

もともと那須川はそれ以前にキック卒業とボクシング転向を発表していましたが、武尊戦実現のため卒業時期を延ばしています。本人もこの試合について、キックを終える前の「最後のケジメ」という趣旨を語っています。[参照]

THE MATCHで勝ったからボクシングへ転向したわけではない

時系列を整理すると、武尊戦に勝ったから急にボクシングへ転向したわけではありません。

那須川がキック卒業とボクシング転向を正式に発表したのは2021年4月です。一方、武尊とのTHE MATCHは2022年6月に行われました。

つまりボクシング転向はかなり以前から決めており、武尊戦はその決断を変更させた試合ではなく、キックボクサーとして最後に実現させたかった大一番という位置づけに近いです。

メイウェザーに負けたからボクシングへ行ったのか

那須川のボクシング転向を語る際、2018年大みそかのフロイド・メイウェザー戦を理由として考える人もいます。

この試合は公式戦ではなく、ボクシングルールに準じたエキシビションでした。那須川は体格差の大きいメイウェザーに1ラウンドで3度ダウンを奪われ、試合が止められています。

ただし本人が転向の主要理由として「メイウェザーに負けたからリベンジしたい」と説明しているわけではありません。本人の発言で一貫しているのは、「もっと強くなりたい」「挑戦したい」「ゼロから始めたい」という理由です。

キックとボクシングは似ているようでかなり違う

那須川ほどパンチが上手いキックボクサーなら、そのままボクシングでも同じように戦えると思われがちですが、本人は実際に転向した後、その違いを強調しています。

キックでは蹴りへの警戒があるため距離や重心が異なります。ボクシングではパンチだけになるため、頭の位置、ディフェンス、フットワーク、パンチの打ち方、ラウンド数に対応したペース配分まで変わります。

那須川自身も「重心も違うし、動きが全部違う」と話し、キック時代の癖を修正しながらボクシングを作り直していました。[参照]

それでも転向のハードルが比較的低かった理由

那須川は幼少期から空手を経験し、キックボクシングでもパンチを重要な武器としていました。また現代の日本キックボクシングでは、以前よりボクシング技術を取り入れる選手が増えています。

那須川を若い頃から知るボクシング指導者の見解としても、日本のキックで組みの制限が強まり、パンチやフットワークの重要性が高くなったことで、那須川世代は幼い頃からボクシング技術を練習する機会が多かったとされています。[参照]

もちろん競技転向は簡単ではありませんが、「キック選手が突然ボクシングをゼロから始めた」というより、以前から磨いていたパンチ技術を、ボクシング専用に作り直したと考えると分かりやすいでしょう。

那須川は「キックよりボクシングの方が上」と考えているわけでもない

競技を変えたことで「那須川はキックよりボクシングの方が価値があると思ったのでは」と感じる人もいるかもしれません。

しかし2023年のプロテスト時には、ボクシングを尊敬しているとしたうえで「キックよりボクシングが凄い」という考えはないと明言しています。そして、どの競技にも対応して極められるようになりたいという趣旨を話しています。[参照]

したがって競技の上下をつけたというより、自分の格闘家人生の次のテーマとしてボクシングを選んだと見るべきでしょう。

「全部の競技でチャンピオンになれたら格好いい」という発想

那須川の考え方を非常に分かりやすく表しているのが、2022年のGQ JAPANでのインタビューです。

そこで那須川は、チャンピオンという立場を一度捨て、新しい旅を始める方が楽しいと説明しています。そして人生を振り返ったとき、空手、キック、ボクシングでそれぞれチャンピオンになれたら格好いい、という趣旨を語っています。[参照]

この発言を見ると、那須川にとってタイトルを防衛し続けることより「別の世界でも自分を証明すること」に大きな魅力があったことが分かります。

ボクシングでは完全にチャレンジャーの立場になった

キック時代の那須川は、対戦相手から研究される側でした。しかしボクシング転向後は逆になりました。

本人もボクシングデビュー前に、キック時代は自分がチャンピオンとして挑戦者を迎える立場だったのに対し、ボクシングでは自分が飛び込んでいく立場なのでマインドが変わったと話しています。[参照]

「完成した王者」から「学ぶ新人」に戻れること自体が、本人にとって新鮮だったのでしょう。

キックでの実績はボクシングではそのまま評価されない

那須川はキックで圧倒的な戦績を残しましたが、プロボクシングではキックの戦績によって世界ランキングや日本ランキングが与えられるわけではありません。

そのため、転向すると実質的に新人として実績を作り直す必要があります。パンチ技術だけでなく長いラウンドへの対応やボクシング特有の攻防も一から身につけなければなりませんでした。

このリスクを理解したうえで転向しているため、「楽な競技へ移った」という捉え方とはむしろ逆です。自分が完成していた競技から、評価を作り直さなければならない競技へあえて移動しています。

キックを続けながらボクシングもできなかったのか

ファンからすると、「キックの試合も年に数回しながらボクシングをすればよかったのでは」と思うかもしれません。

しかし両競技には構え、距離、重心、ディフェンス、試合時間など大きな違いがあります。那須川自身も転向後、パンチの打ち方から動きまで違うと話しています。[参照]

世界レベルのボクサーを目指すのであれば、キック用の身体操作とボクシング用の身体操作を行き来するより、一つの競技へ集中するという判断には合理性があります。

「捨てた」というより「卒業」という表現が合う理由

那須川自身や当時の報道では、「引退」だけでなく「キックボクシング卒業」という表現が頻繁に使われました。

これは、それまで積み上げたキックの技術やキャリアを否定して終わったのではなく、一つの段階を終えて次のステージへ進むというニュアンスがあります。

実際、キック時代に磨いた距離感、反応速度、フェイント、フットワークなどは、形を変えながら現在のボクシングにも生きています。その意味では、キックを完全に「捨てた」という表現では実態を説明しきれません。

転向理由を整理すると大きく5つある

理由 内容
キックでの達成感 本人が「やり切った」「やり残したことはない」という趣旨を発言
挑戦者に戻りたかった 王者として迎え撃つ立場ではなく、ゼロから上を目指したかった
もっと強くなりたい 新しい技術を学び、自分自身をさらに高めたかった
世界規模のボクシングへの挑戦 より世界的な競技へ飛び込みたいという思い
格闘家として新しい実績を作りたい 空手・キック・ボクシングという異なる競技で結果を残すことへの魅力

この中でも本人が最も一貫して強調しているのは「挑戦」です。お金や人気だけで説明するより、本人の発言を基準にすればこちらが中心にあります。

まとめ|那須川天心はキックを捨てたのではなく、やり切って次の挑戦を選んだ

那須川天心がキックボクシングからボクシングへ転向した最大の理由は、キックで王者としてやるべきことをやり切ったと感じ、再びゼロから挑戦できる環境を求めたからと考えるのが本人の発言に最も忠実です。

2021年の転向発表時には、長く挑戦者を迎える立場にいたことについて触れ、自分は常に挑戦していたいと説明しました。また「やり残したことはない」という趣旨も語っています。[参照]

さらにボクシングを選んだ理由として、世界的に大きな競技であることや、一番下から強い選手を追いかけられる環境への魅力も挙げています。[参照]

その一方で、キックボクシングへの敬意や愛着を失ったわけではありません。ボクシングの方がキックより優れているとも述べておらず、両方とも素晴らしい競技だという立場を示しています。[参照]

したがって「どうしてキックボクシングを捨てたのか」という問いに対しては、捨てたというより、キックで頂点まで到達した自分を一度リセットし、より大きな未知の舞台で自分がどこまで強くなれるか試すために卒業したと捉えるのが適切でしょう。

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