「ワールドカップに48か国も必要なのか?」「強い国だけで争えばいいのでは?」――そんな疑問を抱く人も少なくありません。しかし、48か国制には単なる“国の数を増やす”以上の目的と背景があります。本記事では、その拡大の経緯・目的、そして拡大によってもたらされる意義と懸念点を整理します。
そもそも32か国から48か国への移行はいつ決まったのか
国際サッカー連盟(FIFA)は、2017年1月に2026年大会からワールドカップ本大会を32か国から48か国へ拡大することを正式に決定しました。([参照])
この決定は、「世界中のサッカー国に夢を持たせたい」「より多くの国と地域にチャンスを与えたい」という理念のもとでなされました。([参照])
なぜ48か国? 拡大の目的と意義
最大の目的の一つが「グローバルな普及促進」です。たとえば、長年W杯出場の機会がなかった国や、インフラ・資金面で苦慮していた国も、本大会出場のチャンスを得られるようになります。これにより、サッカー全体の底上げにつながる可能性があります。([参照])
また、拡大により本大会出場国が増えることで、世界中のファンにとって“自国代表の試合を見る可能性”が高まり、地域ごとにサッカーへの関心が高まる効果も見込まれます。これまでW杯を遠いものと感じていた国・地域にも門戸を広げる手段となります。([参照])
拡大によるメリット:多様性とドラマ、そして発展の機会
国や地域の多様性が増すことで、「一発勝負の奇跡」や「ダークホース」「番狂わせ」といったドラマが生まれやすくなります。実際、近年では従来の強豪国以外が予想外の活躍を見せる試合も増えました。
さらに、W杯出場を目指す国が増えれば、各国でサッカーへの投資や育成環境の整備が促進され、中長期でワールドカップ全体の競技レベルの底上げにつながる可能性があります。これが「世界のサッカーの発展」というFIFAの理念にも合致します。([参照])
拡大によるデメリット・懸念 ―― 質の低下、大会の肥大化、興行のバランス
一方で批判も少なくありません。まず、「出場国が増える = 全体の“実力のばらつき”が拡大」という懸念があります。特に“格下国 vs 強豪国”のような力の差が大きい試合は、観光試合のようになりやすく、観客や視聴者から見た興奮が減る可能性があります。([参照])
また、試合数の増加や大会期間・運営コストの膨張も問題です。48か国大会では、従来の形式より多くの試合が必要となり、スケジュールの調整や選手の疲労、開催国のインフラ整備など、多くの負担が伴います。([参照])
「強国だけで戦う」という案の限界 ―― なぜそれが実現しづらいか
仮に“各大陸から最強国だけ”を集めてW杯を行うとしても、大陸間の実力差、地域による育成・競技環境の差、そしてそもそもの“公平性”の問題があります。すべてを“勝ち抜き”だけで決めてしまうと、新興国や小国にとってチャンスが閉ざされてしまいます。
また、サッカーは単純な強さだけでなく、多様なプレースタイルや地域文化、サポーターの熱量などが魅力です。そうした“多様性”を排除してしまうと、ワールドカップ本来の意義である「世界中の国が参加できる祭典」という価値が失われてしまいます。
2026年大会以降の新フォーマット ―― 拡大を反映した仕組み
2026年ワールドカップでは、48か国が参加し、12組のグループ(各4か国)に分かれます。各グループ上位2か国と、さらに成績上位の3位国も一部が決勝トーナメントへ進出する方式です。([参照])
この構成は、拡大による参加チーム数の増加に対応しつつ、かつ試合の公平性や競技の質を保つために設計されたものです。([参照])
まとめ ―― 48か国制には「公平性・多様性・発展」という理念がある
48か国制のW杯は、一見「無意味に多すぎる」と思えるかもしれません。しかしその裏には、「世界中の国に夢とチャンスを」「サッカーをグローバルに盛り上げる」という強い思想があります。
もちろんデメリットや懸念もありますが、それを補う形で大会フォーマットの再設計や運営の改善も行われています。単純に“強い国だけ”で争うのではなく、“すべての国に扉を開く祭典”としてのW杯。それが、48か国制拡大の根底にある理念だと言えるでしょう。


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