1990年11月15日、船橋市運動公園体育館で開催された「パイオニアスピリッツイン船橋」は、プロレスの歴史的な一戦として語り継がれています。この大会は、観客2500人を動員し、全6試合が行われましたが、特にメインイベントとセミファイナルに注目が集まりました。今回は、その大会の内容や意味、特にセミファイナルにおける獣神ライガーとスーパーセブンの試合を深掘りしてみましょう。
大会の概要と注目カード
「パイオニアスピリッツイン船橋」は、その名の通り、当時のプロレス界に新たな風を吹き込んだ大会でした。メインイベントは剛竜馬、青柳政司組対藤波辰爾、越中詩郎組という豪華なカードでしたが、セミファイナルではIWGPジュニアヘビー級王者・獣神ライガーと、当時注目の若手レスラーであったスーパーセブンが対決しました。
スーパーセブンと獣神ライガーの試合
ライガーとセブンの試合では、ライガーがIWGPジュニアヘビー級王者として登場しましたが、この試合にタイトルがかけられなかった理由としては、新日本フロントがセブンを挑戦者として不十分だと判断したからだと言われています。試合内容自体は非常に良かったものの、セブンがまだライガーに挑戦するには経験が不足していたという見解が主流でした。
ライガーのコメントとその影響
ライガーは試合後、「悲しいね。もう2度とはやりたくない」とコメントしました。これは、試合内容に対しての不満ではなく、ライガー自身が試合の流れやその扱いに対して感じたものだったと思われます。ライガーのこの発言は、新日本の「忖度」の問題や、先輩レスラーに対する敬意の欠如を指摘する声にもつながりました。
新日本フロントとマスコミの影響
新日本のフロントやそのマスコミの扱いに対しても批判の声が上がりました。大仁田厚が言ったように、当時の新生UWFが提唱した「先輩に対する礼儀がなっていない」という意見に共感する声が多く、この問題はプロレス界全体での文化的な問題とも言えます。
まとめ
1990年11月15日の「パイオニアスピリッツイン船橋」は、単なる試合の結果だけでなく、当時のプロレス界における権力構図や文化、そして若手レスラーとベテランレスラーとの関係性を考えさせられる試合でした。ライガーとセブンの試合は、その後のプロレスにおける若手とベテランの力関係を象徴する出来事として語り継がれることでしょう。

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