全日本プロレスの掛け声ムーブメントの歴史:谷津の「オリャー」から川田の「シャー」まで

プロレス

全日本プロレスの試合における掛け声ムーブメントは、1980年代後半から90年代初頭にかけて観客と選手が一体となった独特の文化を生み出しました。この記事では、その掛け声の起源から終焉までを振り返り、どのように進化していったのかを解説します。

掛け声ムーブメントの始まり:ジャンボ鶴田と「オー」

1980年代後半、全日本プロレスの試合において観客が技を出すたびに掛け声を出すムーブメントが生まれました。特に、ジャンボ鶴田が技を決める際に観客が「オー」と声を合わせる姿が印象的でした。この掛け声は、試合の盛り上がりをより一層高め、観客と選手の一体感を生む重要な要素となりました。

谷津嘉章の登場と「オリャー」コール

次に登場したのは、谷津嘉章の「オリャー」という掛け声でした。谷津が攻撃を仕掛けるたびに、観客が「オリャー」と声を上げ、これが一つの象徴的な掛け声となりました。谷津の掛け声は試合をよりエキサイティングにし、観客の応援の一体感を強調しました。

タイガージェットシンとふざけた掛け声の登場

その後、タイガージェットシンが登場すると、観客は彼の攻撃に合わせて「シン」コールを行うようになりました。このコールは最初は真面目に応援する形で始まりましたが、次第にふざけた掛け声として定着し、観客の中には試合の雰囲気に合わせて自由に掛け声を出すようになる場面も見られました。

日米レスリングサミットと「デビアス!ウォーリアー!」

1990年に開催された日米レスリングサミットでは、アルティメット・ウォーリアーとテッド・デビアスの試合において観客が「デビアス!」「ウォーリアー!」と掛け声を上げました。このような掛け声は、観客の熱狂的な応援を反映したものであり、プロレスの試合における掛け声文化がさらに広がった瞬間でした。

掛け声の終焉:川田の「シャー」と「シャーはやめろ」

掛け声ムーブメントは、川田利明の「シャー」によって終焉を迎えたとも言われています。川田の掛け声に対して「シャーはやめろ」という批判が上がり、観客の掛け声文化は次第に収束していきました。プロレスの試合における掛け声は、時には観客と選手の関係性や試合の進行に影響を与えることがあり、このような批判を受けて、掛け声ムーブメントは自然と姿を消していきました。

まとめ

全日本プロレスの掛け声ムーブメントは、1980年代後半から90年代初頭にかけて観客と選手の一体感を生み出しました。ジャンボ鶴田の「オー」、谷津嘉章の「オリャー」、タイガージェットシンの「シン」など、掛け声は試合の雰囲気を盛り上げ、観客の応援の象徴となりました。しかし、川田の「シャー」に対する反発が原因で、掛け声ムーブメントは次第に終焉を迎え、現在では見ることが少なくなりました。プロレスの歴史の中で、この掛け声文化は一つの時代を象徴するものであったと言えるでしょう。

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