卓球の男子団体戦には、かつて3人対3人で最大9試合のシングルスを行い、先に5勝したチームが勝利する方式がありました。3人全員が相手チームの3人全員と対戦するため、選手層や総合力が結果に反映されやすい、非常に分かりやすい方式です。
ところが世界卓球選手権などの主要国際大会では、この「9シングルス制」をほとんど見かけなくなりました。背景を調べると、単に人気がなかったから廃止されたというより、試合時間の予測が難しく、長時間化しやすいことが大きな弱点だったことが分かります。現在まで残っているITTFの資料や当時の記録を基に、団体戦フォーマットが変化した理由を整理します。
かつての男子団体戦は最大9試合のシングルスだった
旧スウェイスリング・カップ方式(Former Swaythling Cup system)では、1チーム3人が出場し、最大9試合のシングルスを行いました。A・B・Cの3選手がX・Y・Zの3選手とそれぞれ対戦するため、理論上は全組み合わせが実現します。
試合順の一例は「A対X、B対Y、C対Z、B対X、A対Z、C対Y、B対Z、C対X、A対Y」です。先に5試合を取ったチームが勝利するため、5対0なら5試合で終了しますが、4対4までもつれれば第9試合まで行われます。
実際、1989年世界卓球選手権の男子団体では、この時代の方式でスウェーデンが中国を決勝で5対0で破っています。その後、1991年大会では新しいフォーマットが導入されました。
9シングルス制最大の問題は「試合時間が読めない」こと
9試合制が主要国際大会から姿を消していった理由を考えるうえで重要な資料が、ITTFの審判・競技運営に関する資料です。そこでは旧スウェイスリング・カップ方式について、試合が1時間未満で終わる場合もあれば、4時間以上続く場合もあり、スケジュールを組みにくいという趣旨の問題点が明記されています。
これは大会運営では非常に大きな問題です。例えば同じコートで「10時からA国対B国、その後13時からC国対D国」と予定していても、最初の団体戦が長引けば後続試合まで影響します。逆に5対0で短時間に終われば、大きな空き時間が発生します。
さらに観客やテレビ放送の立場でも、終了時刻が大幅に変動する競技形式は扱いにくくなります。当時の卓球専門誌でも、5試合方式を採用する理由として試合時間をおよそ2時間に収め、テレビ放送に適したものにする意図が語られています。
[参照] 1991 TSP World Team Cupに関する当時の卓球専門誌資料
9試合制には「チーム全体の実力を測りやすい」という長所もあった
一方で、9シングルス制が競技方式として劣っていたわけではありません。むしろ純粋に3人の総合力を競うという意味では、非常に合理的な方式でした。
3人全員が3試合ずつ担当するため、エース1人だけで勝ち切ることは困難です。例えばA選手が3勝しても、B選手とC選手が全敗すればチームは勝てません。エースの強さだけでなく、2番手・3番手まで含めた選手層が問われます。
ITTF関連の競技運営資料でも、旧9シングルス方式は1人の強豪選手による支配が起こりにくい方式である一方、試合時間が極端に変動することが欠点として説明されています。つまり、競技としての公平性・総力戦としての魅力を捨てたというより、運営上のデメリットが大きかったと理解するほうが適切です。
1991年世界選手権で大きな転換が起きた
男子世界選手権の団体戦では1989年大会まで9シングルス方式が使われましたが、1991年の千葉大会で新しいフォーマットが導入されました。1989年に新方式への変更が投票にかけられ、56対32で承認されたとする記録があります。
1991年に採用された方式は最大5試合で決着するもので、当時はシングルスにダブルスを組み込んだ形式でした。したがって「9試合から現在の5シングルスへ一度に変更された」と考えると、歴史的には少し単純化しすぎです。9シングルス制から短時間の5試合制へ移行し、その後さらに団体戦方式が改良されていったという流れで見る必要があります。
この点は、現在の方式だけを見ていると見落としやすい部分です。1990年代初頭は、国際卓球が「チーム全体の実力をどう反映させるか」と「試合時間をどう抑えるか」の両方を模索していた時期といえます。
現在につながる「5シングルス方式」は両者の折衷案
その後定着したNew Swaythling Cup systemでは、3人対3人で最大5試合のシングルスを行います。代表的な試合順は「A対X、B対Y、C対Z、A対Y、B対X」です。
この方式なら第3試合までに3人全員が少なくとも一度登場します。そのうえで主力となるA・BとX・Yには2試合を任せられるため、エースの重要性とチーム全体の戦力の両方をある程度反映できます。
| 比較項目 | 旧9シングルス制 | 5シングルス制 |
|---|---|---|
| 最大試合数 | 9 | 5 |
| 勝利に必要な勝数 | 5勝 | 3勝 |
| 出場人数 | 3人 | 3人 |
| 3人目の重要性 | 非常に高い | 最低1試合を担当 |
| 試合時間 | 長くなりやすく変動も大きい | 比較的管理しやすい |
| 放送・大会運営 | 時間を読みづらい | 扱いやすい |
つまり5試合方式は、9試合方式が持っていた「3人で戦う」という性格を残しながら、長時間化を抑えるための現実的な折衷案と見ることができます。
9試合制そのものが卓球のルールから消滅したわけではない
ここで注意したいのは、9シングルス方式そのものが卓球界から完全に禁止・消滅したわけではないことです。少なくとも近年のITTF Handbookにも、国際競技で利用可能なTeam Match Systemsの一つとして「Best of 9 matches(9 singles)」が掲載された版があります。
そのため正確には、9シングルス方式がルール上存在できなくなったのではなく、世界選手権をはじめとするトップレベルの主要大会で標準方式として採用されなくなったと表現するのが適切です。
卓球には大会目的に応じて複数の団体戦方式があります。最大5試合、7試合、9試合などの形式が規則体系上用意されてきたため、「卓球の団体戦=必ず5試合」というわけではありません。
なぜ昔の方式に戻らないのか
現在のスポーツイベントでは、試合内容だけでなく放送時間、配信、会場運営、観客の滞在時間、選手のコンディションなど、多数の要素を同時に管理する必要があります。その点で最大9シングルスの方式は、現代の大規模国際大会では採用するメリットより時間面の負担が目立ちます。
特に4対4から第9試合まで進む展開は競技としては非常に面白いものの、1つの団体戦が大幅に長時間化します。世界選手権のように多数の国・地域が参加し、多数の団体戦を消化する大会では、この時間差が大会全体の進行に影響します。
一方、5試合制なら3対0、3対1、3対2のいずれかで終了するため、最大試合数が明確に抑えられます。短縮された分だけ選手層の厚さを測る要素は旧方式より小さくなりますが、大会運営とのバランスでは優位性があります。
まとめ:決定的だったのは「弱い方式だから」ではなく試合時間と運営効率
世界卓球男子団体などで旧来の9シングルス制が使われなくなった背景として、最も明確に確認できる問題は試合時間の長さと予測の難しさです。ITTF関連資料でも、1時間未満から4時間以上まで試合時間が変動し得ることがスケジュール上の欠点として説明されています。
旧方式には、3人全員が相手3人と対戦するため、チームの総合力を非常に公平に比較しやすいという魅力がありました。しかし国際大会の大規模化やテレビ・メディアへの対応を考えると、最大9試合という長さは大きな負担になります。
そのため1990年代初頭を境に短い団体戦フォーマットへの転換が進み、現在につながる最大5試合の方式が主流となりました。9試合制は競技的に失敗したから消えたというより、「総力戦としての魅力」と引き換えに、時間管理・大会運営・観戦のしやすさを優先した結果、主要大会の標準から外れていったと考えるのが歴史的な経緯に近いでしょう。


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