全日本プロレスの歴史には、数多くの伝説的なタッグチームが登場しました。その中でも、圧倒的なパワーと存在感を誇ったロード・ウォリアーズと、長年ファンから愛されたザ・ファンクスは、どちらも世界的な人気を持つ名コンビです。両チームが全日本マットで交わったことがあるのか、またそれぞれが全日本でどのような存在だったのかを振り返ります。
ロード・ウォリアーズとザ・ファンクスの全日本での立ち位置
ロード・ウォリアーズは、アニマル・ウォリアーとホーク・ウォリアーによる超大型タッグチームで、1980年代のプロレス界を代表する存在でした。圧倒的な肉体とパワーファイトで世界中のファンを魅了し、日本でも大きな人気を獲得しました。
一方のザ・ファンクスは、ドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクによる兄弟タッグで、全日本プロレスでは非常に重要な役割を果たしたチームです。特にテリー・ファンクの熱いファイトスタイルは、日本のファンから絶大な支持を受けました。
両チームは全日本プロレスにおいて異なる時代背景で活躍しており、それぞれが団体を代表する外国人タッグとして記憶されています。
ロード・ウォリアーズは全日本でインターナショナル・タッグ王座を獲得
ロード・ウォリアーズは全日本プロレス参戦時、圧倒的な強さでインターナショナル・タッグ王座を獲得しました。彼らの登場は、それまでの外国人タッグとは異なる新しい時代の到来を感じさせるものでした。
ただし、全日本の年末恒例大会である世界最強タッグ決定リーグ戦への参加については、毎年継続的に出場したチームではありませんでした。
そのため、最強タッグの歴史を振り返ると、ロード・ウォリアーズはタイトル戦線で強烈な印象を残した一方、リーグ戦常連という位置づけではありませんでした。
ザ・ファンクスは世界最強タッグ決定リーグ戦の象徴的存在
ザ・ファンクスは、全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦を語るうえで欠かせないチームです。兄弟ならではの連携と、観客を引き込む試合展開で多くの名勝負を残しました。
特に1970年代から1980年代にかけて、ザ・ファンクスはブルーザー・ブロディやスタン・ハンセンなど、強豪外国人チームと激しい戦いを繰り広げました。
一方で、インターナショナル・タッグ王座戦線では時期によって距離を置く場面もあり、ロード・ウォリアーズとは全日本での活動の中心が少し異なっていました。
ロード・ウォリアーズ対ザ・ファンクスの全日本マットでの対戦
両チームの全日本プロレスでの対戦については、ファンの間でも注目されるカードでしたが、歴史的に見て頻繁に組まれた黄金カードというわけではありません。
ロード・ウォリアーズが全日本に登場した時期と、ザ・ファンクスが主力として活躍した時代にはズレがあり、両者が全盛期同士で長期的に争う状況にはなりませんでした。
ただし、時代を代表する2大タッグチームとして、もし全盛期同士が激突していたらどちらが勝つのかという議論は現在でもファンの間で語られるほど魅力的な対戦カードです。
もし全盛期同士ならどちらが有利だったのか
ロード・ウォリアーズは、圧倒的なパワーとスピード、そして相手を威圧する存在感が最大の武器でした。短時間で試合の流れを変える爆発力は、歴代タッグでもトップクラスです。
対してザ・ファンクスは、経験、試合構成力、観客を味方につける力に優れていました。単純なパワー勝負では不利でも、試合展開を読む能力では大きな強みがあります。
例えば、序盤からロード・ウォリアーズが力で押し切る展開なら有利ですが、ザ・ファンクスが試合を長引かせれば、経験を活かした逆転の可能性も考えられます。
まとめ
ロード・ウォリアーズとザ・ファンクスは、どちらも全日本プロレスの歴史を彩った伝説的なタッグチームですが、活躍した時代や団体内での役割には違いがありました。
ロード・ウォリアーズはインターナショナル・タッグ王座戦線で強烈な存在感を示し、ザ・ファンクスは世界最強タッグ決定リーグ戦を象徴するチームとして活躍しました。
両チームが全盛期に何度も激突する時代が存在しなかったことは、プロレスファンにとって想像をかき立てる部分でもあります。もし実現していれば、歴史に残るタッグマッチになっていた可能性は高いでしょう。


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