元読売ジャイアンツのエースとして知られる江川卓投手は、昭和を代表する投手の一人です。現代のように球速表示が一般的ではなかった時代にもかかわらず、「怪物」と呼ばれるほど注目されました。一方で、同時代の阪急・山口高志投手のような圧倒的な速球派と比較すると、「江川の球は本当にそこまで速かったのか」と疑問に感じる人もいます。この記事では、江川卓の球速、投球の特徴、プロ入り時の状態について詳しく解説します。
江川卓の球速は当時としては驚異的だった
江川卓の最大の特徴は、単純な球速だけではなく、打者が感じる速さにありました。当時の計測環境では現在のような正確な球速測定はありませんでしたが、大学時代から150キロ近い速球を投げていたと言われています。
1970年代のアマチュア野球では150キロ級の投手は非常に珍しく、江川の速球は全国的に注目されました。特に法政大学時代には、速球と抜群の制球力を武器に多くの打者を圧倒しています。
現代の投手と比較すると球速表示だけでは突出して見えないかもしれませんが、当時の打者や環境を考えると、江川の球は間違いなくトップクラスの速球でした。
江川卓の武器は球速だけではなく「伸び」と「制球力」だった
江川卓が高く評価された理由は、単なるスピードガンの数字ではありません。最大の特徴は、打者の手元で伸びるように感じる速球でした。
江川のストレートは回転数が非常に多く、ボールが沈みにくいと言われています。そのため、打者は実際の球速以上に速く感じ、バットの芯で捉えることが難しい投球でした。
また、速球だけでなく制球力も大きな武器でした。どれだけ速い球を投げてもストライクゾーンに投げられなければ武器にはなりませんが、江川は狙った場所に投げ込む能力にも優れていました。
阪急の山口高志と比較すると球速では山口が上だったのか
同時代の速球投手として、阪急ブレーブスの山口高志投手は非常に有名です。山口は当時としては規格外の球速を誇り、「剛速球投手」として知られていました。
純粋な球の速さだけで比較すると、山口高志の方が速かったという評価も多くあります。山口の投球は力強さが特徴で、打者が差し込まれるほどの迫力がありました。
しかし、江川と山口はタイプが異なる投手です。山口は圧倒的なパワーで押すタイプ、江川は球速に加えて回転・制球・投球術で打者を抑えるタイプでした。そのため、どちらが優れているかは単純な球速だけでは判断できません。
江川卓はプロ入り時には全盛期を過ぎていたのか
江川卓について語られることが多いのが、「プロ入り時にはすでに全盛期を過ぎていたのではないか」という点です。
江川は高校時代から全国的な注目を浴び、法政大学でも圧倒的な成績を残しました。そのため、プロ入り前がキャリアのピークだったのではないかという見方があります。
実際、大学時代の江川は非常に完成度が高く、体力的にも充実していた時期でした。しかし、プロ入り後も1980年には最多勝、最多奪三振、最優秀防御率のタイトルを獲得するなど、十分に一流の成績を残しています。
つまり、大学時代があまりにも突出していたため比較すると衰えたように見えるだけで、プロ入り後も日本を代表する投手であったと言えます。
江川卓が現在でも高く評価される理由
江川卓が歴史的な投手として語り継がれる理由は、球速だけではありません。圧倒的な注目を集める存在感、安定した制球力、そして打者との駆け引きに優れていた点が大きな評価につながっています。
例えば、速球派投手でも制球が不安定なら長く活躍することは難しいですが、江川はストライクゾーンを自在に使い、少ない球数で打者を抑える能力がありました。
現代のように球速やデータが細かく分析される時代ではありませんでしたが、当時の選手や関係者から「怪物」と呼ばれたことは、江川の実力を示す大きな証拠と言えます。
まとめ:江川卓は球速以上に打者を圧倒した投手だった
江川卓の球速は当時としては非常に速く、150キロ級の速球と優れた制球力を兼ね備えた特別な投手でした。山口高志のような純粋な剛速球投手と比べれば球速で劣る部分はありましたが、投手としての完成度では別の魅力がありました。
また、プロ入り時に全盛期を過ぎていたというより、高校・大学時代の評価があまりにも高かったため、その後の活躍が相対的に小さく見えている面があります。江川卓は、球の速さだけではなく、打者が打ちにくい球を投げる能力に優れた昭和を代表する名投手でした。


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