2003年6月29日に開催された「K-1 BEAST II 2003」の武蔵vsモンターニャ・シウバ戦は、K-1史の中でも非常に珍しい結末になった試合として知られています。試合中、モンターニャ・シウバが武蔵を倒した後も攻撃を続け、最終的には反則失格。武蔵の勝利となりました。
この試合映像を振り返る際に耳にすることがある「ヤマが怒った」「山が怒った」という表現は、何か特定の人物が怒ったという意味ではなく、モンターニャ・シウバの名前に掛けた実況・表現と考えると理解できます。
実はポルトガル語の「montanha(モンターニャ)」は、日本語で「山」「mountain」を意味します。つまり巨大なモンターニャ・シウバが突然激しく暴れ始めた場面を、「山が怒った」と表現したわけです。[参照:Cambridge Dictionary]
- 「モンターニャ」はポルトガル語で「山」という意味
- 武蔵vsモンターニャ・シウバ戦は2003年6月29日に行われた
- なぜモンターニャ・シウバは失格になったのか
- 「山が怒った」はシウバが暴れ始めた場面を表した言葉
- モンターニャ・シウバはどれくらい大きな選手だった?
- 反則直前までは普通にK-1の試合をしていた
- K-1で倒れた相手へのパンチはなぜダメなのか
- レフェリーの制止を無視したことも大きな問題だった
- 武蔵も試合後かなり怒っていた
- 角田信朗もシウバの行動を厳しく問題視した
- 実は武蔵とシウバはその後もう一度対戦している
- モンターニャ・シウバはこの試合だけの選手ではない
- 「モンターニャ」という名前を知ると実況の面白さが分かる
- リンク先の「ヤマ」は人名を指しているわけではない
- なぜ今見てもこの試合が話題になるのか
- まとめ|「ヤマが怒った」はモンターニャ=山に掛けた表現
「モンターニャ」はポルトガル語で「山」という意味
まず「ヤマが怒った」という言葉を理解するうえで重要なのが、モンターニャ・シウバの「モンターニャ」という名前です。
ポルトガル語の「montanha」は、英語では「mountain」、日本語では「山」に相当する単語です。ポルトガル語辞典でも、大きく高い地形や山を意味する名詞として掲載されています。[参照:Infopédia ポルトガル語辞典]
そのためモンターニャ・シウバを日本語的に言葉遊びで表現すれば、「山のシウバ」のようなニュアンスになります。身長・体重とも非常に大きな選手だったこともあり、「山」という表現はビジュアル的にも非常に分かりやすいものでした。
武蔵vsモンターニャ・シウバ戦は2003年6月29日に行われた
問題の試合は、2003年6月29日にさいたまスーパーアリーナで開催された「K-1 BEAST II 2003」で行われました。
K-1 CLASSICSの公式記録では、モンターニャ・シウバvs武蔵は2ラウンド1分50秒、シウバの失格によって武蔵が勝利したと記録されています。[参照:K-1 CLASSICS]
通常のKOや判定ではなく「失格」で終わったため、現在でもこの試合は武蔵のキャリアを振り返る際によく取り上げられます。
なぜモンターニャ・シウバは失格になったのか
試合ではシウバが武蔵へ接近し、組み合うような状態から武蔵を倒しました。そして倒れた武蔵に対し、K-1ルールでは認められていないグラウンド状態でのパンチを続けました。
K-1は基本的に立ち技格闘技です。そのため、総合格闘技のように倒れた相手の上へ乗り、そのままパンチを連打する攻撃は認められていません。
さらに問題だったのは、単に勢い余って一発攻撃してしまった程度ではなく、レフェリーが止めようとしている状況でも攻撃が続いたことです。結果として試合続行ではなく反則失格という裁定になりました。
「山が怒った」はシウバが暴れ始めた場面を表した言葉
この異常な展開と「モンターニャ=山」という意味を組み合わせると、「山が怒った」という言葉の意図が分かります。
身長2mを大きく超える巨体のシウバが、突然K-1の通常の攻防から外れ、武蔵を倒して激しく攻撃する。その姿を見て、「モンターニャ(山)が怒った」と表現しているわけです。
したがって「ヤマ」という名前のスタッフ、トレーナー、関係者などが怒ったという話ではありません。少なくとも試合の文脈では、モンターニャという名前そのものを日本語へ置き換えた言葉遊びとして理解するのが自然です。
モンターニャ・シウバはどれくらい大きな選手だった?
モンターニャ・シウバはK-1でも特に規格外のサイズを持つ選手として登場しました。K-1 CLASSICSでは「アマゾンの大巨人」というニックネームで紹介されています。[参照:K-1 CLASSICS モンターニャ・シウバ選手名鑑]
当時の記録には170kgを超える体重で出場した大会もあり、100kg前後のヘビー級選手と比較しても圧倒的な体格でした。
そのためシウバが前へ出るだけでも非常に迫力があり、「山」という名前と巨体のイメージが一致していました。「山が怒った」というフレーズが印象に残る理由の一つでもあります。
反則直前までは普通にK-1の試合をしていた
興味深いのは、試合開始からずっと乱闘状態だったわけではないことです。
当時の試合評では、反則が起こる直前まで両者が打撃を交換し、シウバがパンチで武蔵をロープ際へ追い込む場面もあったとされています。その後、首相撲のような状態から武蔵を移動させて倒し、グラウンド状態で攻撃する異例の展開になりました。[参照:All About 当時の試合評]
つまり試合で完全に追い詰められてパニックになったという単純な展開でもありません。むしろ試合中に突然ルールから大きく逸脱したため、当時かなり大きな問題になりました。
K-1で倒れた相手へのパンチはなぜダメなのか
K-1はキックボクシングを基礎とした立ち技競技なので、相手がダウン状態になった時点で攻撃を止める必要があります。
例えばパンチを受けて相手が倒れた場合、攻撃側はそこで追撃せず、レフェリーがダウンカウントを行います。相手がカウント以内に立ち上がって試合続行可能なら再開されます。
一方、総合格闘技ではルールによってグラウンド状態へのパンチが認められています。シウバが武蔵へ行った行為は見た目としてMMAのパウンドに近かったため、K-1の試合として非常に異様な光景になりました。
レフェリーの制止を無視したことも大きな問題だった
格闘技では、レフェリーが「ブレイク」「ストップ」などを指示した場合、選手は直ちに攻撃を止める必要があります。
今回のケースでは、倒れた相手への攻撃そのものに加え、レフェリーが止めようとする中でも攻撃が続いたと記録されています。そのため単純な軽い反則として注意や減点で処理できる状況ではなくなりました。
K-1の選手記録でも、この試合は「倒れた相手への攻撃、レフェリーの制止を無視」による失格として扱われています。
武蔵も試合後かなり怒っていた
反則を受けた武蔵側も当然ながら冷静ではいられませんでした。当時の記録では、武蔵がルールを無視したシウバへ強い怒りを示したとされています。
武蔵本人も後年、魔裟斗とのYouTube企画でこの試合を「史上最大の反則劇」として振り返っています。[参照:魔裟斗&武蔵チャンネル「武蔵史上最大の反則劇を振り返り」]
現在映像を見るとコミカルに感じる部分もありますが、実際には100kgを大きく超える相手から倒れた状態でパンチを受けているため、選手本人にとっては非常に危険な出来事でした。
角田信朗もシウバの行動を厳しく問題視した
この一件は選手同士だけの問題では終わりませんでした。当時K-1の競技運営に携わっていた角田信朗も、シウバの行動を強く問題視したと伝えられています。
当時の記事や後年の記録では、K-1からの追放にも言及するほど厳しい反応を示したとされています。
格闘技では激しい攻撃そのものが競技ですが、ルールとレフェリーの管理があるからこそスポーツとして成立します。その境界を大きく越えてしまったことが、この試合が長く語られている理由です。
実は武蔵とシウバはその後もう一度対戦している
これだけ問題になった試合ですが、武蔵とモンターニャ・シウバは約3か月後に再戦しています。
2003年9月21日の「K-1 SURVIVAL 2003 JAPAN GP決勝戦」で両者は再び対戦。今度は反則による決着ではなく、3ラウンドを戦い抜き、武蔵が判定3-0で勝利しました。[参照:K-1 CLASSICS]
そのため戦績上、武蔵はシウバに2勝しています。最初が反則失格による勝利、2度目が正式な判定勝利です。
モンターニャ・シウバはこの試合だけの選手ではない
最初の武蔵戦の印象があまりに強いため、「反則をした巨大選手」というイメージだけが残りやすいシウバですが、その後もK-1へ出場しています。
2003年末にはアーネスト・ホーストと対戦し判定負け。2004年には藤本祐介をKOし、バタービーンにも判定勝ちしています。[参照:K-1 CLASSICS]
つまり単なる話題作りだけの選手ではなく、その巨体を生かして実際にK-1で勝利も記録しています。
「モンターニャ」という名前を知ると実況の面白さが分かる
格闘技実況では、選手のニックネームや名前を使った比喩表現がよく使われます。
例えば「怪物が目を覚ました」「皇帝が攻める」といったニックネームを利用した実況と同じように、「モンターニャ=山」という意味を利用すれば、「山が動く」「山が怒る」という表現を自然に作れます。
今回の場面では、巨大なシウバが制御不能に近い勢いで攻撃を続けたため、「山が怒った」という表現が映像と非常によく合っていたというわけです。
リンク先の「ヤマ」は人名を指しているわけではない
この映像を初めて見ると、「ヤマという人物がセコンドにいたのか」「山本という関係者が怒ったのか」と考えてしまうかもしれません。
しかし武蔵vsモンターニャ・シウバという試合の文脈と、ポルトガル語の意味を合わせると、「ヤマ=モンターニャ・シウバ」と考えるのが自然です。
「モンターニャ」という名前をそのまま日本語訳して「山」と呼び、シウバが激しく暴れたため「山が怒った」と表現した言葉遊びです。
なぜ今見てもこの試合が話題になるのか
K-1では数多くのKOや激闘が行われましたが、試合中に相手を倒して上からパンチを連打し、そのまま失格になるケースは極めて珍しいものでした。
しかも相手は当時日本のK-1ヘビー級を代表する武蔵、反則したのは2mを大きく超える巨大選手という非常に分かりやすい構図でした。
そこへ「モンターニャ=山」という名前まで重なっているため、短い切り抜き映像でもインパクトがあります。SNS時代になってから再び映像を知った人にも、「これは何が起きているのか」と興味を持たれやすい試合です。
まとめ|「ヤマが怒った」はモンターニャ=山に掛けた表現
2003年のK-1武蔵vsモンターニャ・シウバ戦で使われる「ヤマが怒った」「山が怒った」という言葉は、モンターニャ・シウバの「Montanha」がポルトガル語で「山」を意味することに掛けた表現と理解すると分かりやすくなります。[参照:Cambridge Dictionary]
試合は2003年6月29日の「K-1 BEAST II 2003」で行われ、シウバが武蔵を倒した後、グラウンド状態でパンチを続けたことで2ラウンド1分50秒に反則失格。公式記録では武蔵の勝利となっています。[参照:K-1 CLASSICS]
つまり「ヤマ」という関係者が怒ったわけではなく、巨大なモンターニャ・シウバが突然ルールを逸脱して暴れ始めた様子を、名前の意味まで含めて「山が怒った」と表現したわけです。
なおシウバと武蔵は同年9月21日に再戦し、その試合では反則騒動は起こらず、3ラウンド終了後に武蔵が判定3-0で勝利しています。最初の試合だけを見ると異様な選手に映りますが、その後もシウバはK-1へ出場し、藤本祐介をKOするなど正式な勝利も記録しています。


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