大相撲では、力士が所属する相撲部屋で生活しながら稽古を続けることが一般的です。そのため、力士が師匠に無断で部屋を飛び出し、連絡が取れなくなると、単なる欠勤とは異なる大きな問題になります。
では、行方不明になった力士について師匠である親方が引退届を提出すれば、そのまま現役引退になるのでしょうか。実は大相撲の引退制度は一般的な会社の退職届とは仕組みが異なり、過去には本人が部屋を飛び出した後、師匠側から届出が行われて現役生活が終わった有名なケースも存在します。
この記事では、力士の引退届の仕組み、無断で部屋を離れた場合の扱い、過去の脱走・失踪事例について、確認できる資料をもとに整理します。
大相撲の力士は「部屋を飛び出しただけ」で自動的に引退するわけではない
まず押さえておきたいのは、力士が無断で相撲部屋からいなくなったからといって、その瞬間に自動的に日本相撲協会から登録を抹消され、引退扱いになるわけではないという点です。
実際、2020年には式秀部屋の力士9人が部屋を飛び出す出来事がありました。報道によると、力士たちは部屋を離れた後、日本相撲協会の通報窓口へ連絡しています。その後、協会側による事情聴取などが行われ、力士たちは部屋へ戻ることになりました。
つまり、「部屋を飛び出す=即引退」ではありません。なぜ部屋を離れたのか、本人に現役を続ける意思があるのか、師匠との関係を修復できるのかなどによって、その後の展開は変わります。
力士の引退届は一般的なスポーツ選手の引退とは少し違う
力士の引退制度を理解するうえで興味深い資料が、過去の裁判例です。裁判所の公開資料では、相撲協会で使用されていた力士の引退届について、師匠が力士の資質や技術を見て提出するかどうかを判断するとされ、当時の引退届には師匠の署名押印欄がある一方、力士本人の署名押印欄は設けられていなかったことが認定されています。
この点からも、大相撲では歴史的に師匠が所属力士の身分に大きな責任と権限を持つ制度になってきたことが分かります。ただし、過去の裁判で認定された制度運用を、そのまま現在のあらゆるケースに当てはめられるわけではありません。
現在の実際の引退についても、日本相撲協会は「引退届を提出し、受理された」という形で発表する例があります。したがって、正確には届出が提出されたことだけではなく、日本相撲協会側で受理されることまで含めて確認するのが適切です。
有名な例が元横綱・双羽黒の「部屋飛び出し事件」
力士が部屋を飛び出し、その後に師匠側から届出が行われた事例として非常に有名なのが、第60代横綱・双羽黒です。
1987年12月、双羽黒は師匠の立浪親方とのトラブルを経て立浪部屋を飛び出しました。当時の報道を振り返った日刊スポーツの記事では、師匠の立浪親方が日本相撲協会へ廃業届を提出し、その4日後に開かれた臨時理事会で双羽黒の廃業が決議されたとされています。
現在一般的に使われる「引退」という表現とは当時の用語や制度上の表現に違いがありますが、横綱本人が部屋を飛び出した後、師匠から届出が行われ、協会の手続きを経て現役生活が終了したという点では、今回のテーマを考えるうえで重要な実例です。
「親方が引退届を出した瞬間に引退」と単純化しない方がよい
双羽黒の事例だけを見ると、力士が失踪すれば親方が一方的に届出を提出して即座に引退させられるようにも見えます。しかし、実際にはそう単純に考えない方がよいでしょう。
双羽黒の場合にも、師匠による届出だけで話が終わったのではなく、最終的には日本相撲協会の臨時理事会で廃業が決議されています。また、現代ではコンプライアンス制度が整備されており、力士が部屋から逃げ出した背景に師匠や部屋側の問題がないか調査される場合もあります。
式秀部屋の集団脱走はその分かりやすい例です。力士たちが部屋を離れた原因について協会側が事情を聴き、師匠やおかみさんへの聞き取りも実施されました。その結果、力士たちは引退するのではなく部屋へ戻っています。
行方不明と「引退したい意思表示」も区別する必要がある
もう一つ重要なのが、単純な行方不明と、本人が相撲を辞める意思を示して部屋を去ったケースを分けて考えることです。例えば、実家に戻って連絡が取れており「もう相撲は続けない」と意思を示している場合と、突然消息を絶って所在そのものが分からない場合では状況が違います。
さらに、部屋を飛び出した原因が人間関係、指導方法、暴力、ハラスメントなどにある可能性もあります。現代の日本相撲協会にはコンプライアンスに関する相談・調査の仕組みがあり、単純に「逃げた力士が悪い」と処理されるとは限りません。
そのため、無断離脱が発生した場合には、本人の安全確認、離脱理由の確認、師匠との話し合い、協会による事情確認などを経て、その後に復帰、転属に関する対応、引退などが検討される可能性があります。
実際に「脱走」した力士は何人もいるのか
相撲界では長い歴史の中で、稽古の厳しさや人間関係などを理由に若い力士が部屋を飛び出す、いわゆる「脱走」の話は珍しいものではありません。ただし、すべてのケースが公式記録や報道記事として詳細に残されているわけではありません。
公に確認しやすい代表的なケースとしては、前述した1987年の双羽黒と、2020年の式秀部屋所属力士9人による集団脱走があります。ただし、この2例だけでも結末はまったく違います。
| 事例 | 部屋を離れた後 | 結果 |
|---|---|---|
| 双羽黒(1987年) | 師匠とのトラブル後に部屋を飛び出す | 師匠が廃業届を提出し、臨時理事会で廃業決議 |
| 式秀部屋の力士9人(2020年) | 部屋を離れて協会の通報窓口へ連絡 | 事情聴取などを経て部屋へ戻る |
この比較からも、「脱走した力士は引退」という一律のルールではないことが分かります。重要なのは部屋を離れた事実だけではなく、その理由とその後の正式な手続きです。
引退届が提出されても必ず受理されるとは限らない
さらに興味深いのは、引退届そのものが提出されても、日本相撲協会が必ずそのまま受理するとは限らない点です。
2020年には阿炎が引退届を提出していましたが、日本相撲協会の理事会は引退届を未受理とし、出場停止や報酬減額などの懲戒処分を決定しました。この事例は「引退届を出せば、その時点で必ず引退が成立する」とは限らないことを示しています。
したがって、力士の身分について判断するときには、報道で「引退届を提出」と出た段階と、日本相撲協会が正式に「受理」「引退」と発表した段階を区別して見ることが重要です。
現在の引退情報は日本相撲協会の公式発表で確認できる
力士が正式に引退したかどうかを確認したい場合、最も信頼性が高い情報源の一つが日本相撲協会の公式サイトです。同サイトには「引退力士情報」が掲載され、場所ごとに引退した力士を確認できます。
また、個別のケースでは日本相撲協会が「引退届を提出し、受理されました」と発表することがあります。ニュース報道だけでなく公式発表を併せて確認すると、引退が正式に成立したのか判断しやすくなります。
まとめ:無断で部屋を飛び出しても即引退ではないが、師匠の届出が大きな意味を持った事例はある
力士が無断で相撲部屋を飛び出して行方不明になったとしても、それだけで自動的に引退になるわけではありません。本人の意思や所在、部屋を離れた理由などを確認したうえで、その後の対応が決まると考えるのが適切です。
一方、歴史的には師匠が力士の引退に関する届出で大きな役割を担ってきました。代表例が双羽黒で、部屋を飛び出した後に師匠が廃業届を提出し、最終的に日本相撲協会の臨時理事会で廃業が決議されています。
ただし、2020年の式秀部屋のように複数の力士が部屋を飛び出しても、事情調査を経て復帰した例もあります。したがって、「無断で部屋を出たら親方が引退届を出して終わり」という単純な制度ではなく、届出、協会の判断・受理、離脱に至った事情などを含めて考える必要があります。過去の事例を調べる際も、「脱走」「失踪」と「正式な引退」を分けて確認することがポイントです。


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