東南アジアのサッカークラブについて、「裕福なオーナーが選手の移動を楽にするため飛行場・空港まで作った」という話を聞いたことがある人はいるかもしれません。タイのクラブという記憶まで含めて考えると、最も可能性が高い候補はタイ東北部の強豪ブリーラム・ユナイテッドと、そのオーナーとしてクラブと地域へ巨額の投資を行ってきたネーウィン・チットチョープ(Newin Chidchob)氏です。
ただし資料を確認すると、「ブリーラム・ユナイテッドのオーナーが選手のためにブリーラム空港を建設した」という話は事実ではない可能性が非常に高いです。ブリーラム空港そのものはクラブが現在の形になるよりはるか以前から国の事業として計画され、1996年に供用されています。
一方で、ネーウィン氏がクラブ買収後に専用スタジアム、国際規格のモータースポーツサーキット、観光・商業施設などを次々と整備し、ブリーラムを「スポーツの街」へ変えていったことは事実です。その結果として航空需要も拡大し、新規航空路線まで開設されています。この一連の話が伝わる過程で、「クラブのために空港まで作った」という逸話へ変化した可能性が考えられます。
- 最有力候補はタイのブリーラム・ユナイテッド
- 実際にオーナーが作ったのは巨大なサッカー専用スタジアム
- さらに国際規格のレーシングサーキットまで建設した
- しかしブリーラム空港はオーナーが作ったものではない
- ブリーラム空港は国が運営する公共空港
- では、なぜ「サッカークラブが空港を作った」という話になったのか
- 2015年にはエアアジアがバンコク-ブリーラム線を新設
- 航空会社の宣伝にもブリーラム・ユナイテッドが使われていた
- 空港拡張にもスポーツ都市化が影響している
- 「選手の移動のため」という部分も少し違う
- ブリーラムにはクラブ関連のホテルまである
- スタジアム・サーキット・空港を整理するとこうなる
- もしかすると「空港」ではなく「サーキット」の記憶が混ざった可能性もある
- 他の東南アジアクラブだった可能性は?
- なぜブリーラム・ユナイテッドのオーナーはそこまで投資したのか
- 「空港を作った」は間違いでも、話のスケール感はそれほど外れていない
- まとめ|おそらくブリーラム・ユナイテッドの話だが「オーナーが空港を建てた」は誤伝の可能性が高い
最有力候補はタイのブリーラム・ユナイテッド
ブリーラム・ユナイテッドは現在、タイリーグを代表する強豪クラブです。現在のクラブの発展を語るうえで欠かせない人物が、元政治家でもあるネーウィン・チットチョープ氏です。クラブ公式サイトでも同氏はクラブのPresidentとして掲載されています。[参照:Buriram United公式]
2009年末にネーウィン氏が当時のPEA FCを引き継ぎ、翌2010年シーズンから自身の地盤であるブリーラムへ本拠地を移しました。その後、クラブは急速に強化され、タイ国内で数多くのタイトルを獲得するクラブへ成長しています。
タイのスポーツ産業を扱った日本の文部科学省関連資料でも、ブリーラム・ユナイテッドのオーナーとしてNEWIN CHIDCHOB氏が紹介され、元副首相・副大臣などを歴任した政治家であることが記載されています。[参照:スポーツ庁関連調査資料]
実際にオーナーが作ったのは巨大なサッカー専用スタジアム
「空港まで作った」という記憶が生まれやすい理由の一つが、ネーウィン氏のインフラ投資の規模です。
クラブの本拠地である現在のチャーン・アリーナは、ブリーラム・ユナイテッドが所有する3万人超規模のサッカー専用スタジアムです。クラブ公式の歴史紹介によると、建設費は土地代を除いて5億バーツ超で、国際レベルの基準を備えたスタジアムとして建設されました。[参照:Buriram United公式・クラブ史]
しかも短期間で完成したことで知られています。タイの地方都市のサッカークラブがこれほど大規模な専用スタジアムを所有すること自体が珍しく、海外から見ても「オーナーが町ごと作り変えている」ように感じられる事業でした。
さらに国際規格のレーシングサーキットまで建設した
ネーウィン氏の投資はサッカーだけにとどまりません。スタジアムのすぐ近くには、チャーン・インターナショナル・サーキットが建設されました。
タイ国政府観光庁によると、このサーキットはブリーラム・ユナイテッドの本拠地チャーン・アリーナに隣接し、2014年9月にオープンしています。[参照:タイ国政府観光庁]
当時の報道では、このプロジェクトを主導したのもネーウィン氏で、少なくとも20億バーツ規模の事業として発表されていました。目的は単なるレース場建設ではなく、自動車関連産業や観光を呼び込む地域開発でもありました。[参照:The Nation Thailand]
しかしブリーラム空港はオーナーが作ったものではない
ここが最も重要なポイントです。タイの政府機関であるDepartment of Airportsが公開しているブリーラム空港開発資料では、空港建設の検討は1985年までさかのぼります。
その後、用地の選定などを経て政府が建設を進め、ブリーラム空港は1996年10月14日に正式な飛行場として認可されています。[参照:タイ国空港局・ブリーラム空港開発計画]
一方、ネーウィン氏がサッカークラブを引き継いだのは2009年末です。つまり空港はクラブ買収の約13年前から存在していたことになります。年代だけを見ても「選手のためにオーナーが空港を建設した」という説明は成立しません。
ブリーラム空港は国が運営する公共空港
ブリーラム空港はクラブの私有飛行場でもありません。現在もタイ運輸省系のDepartment of Airportsが管理する公共空港です。
空港の所在地はブリーラム市中心部やスタジアムそのものではなく、サトゥック郡にあります。スタジアムやブリーラム市街からは車で移動する距離があります。
したがって、「スタジアム横に選手専用空港を建設した」といったイメージとも異なります。クラブオーナーが独自に滑走路を整備してチーム専用機を運航する施設ではありません。
では、なぜ「サッカークラブが空港を作った」という話になったのか
可能性として最も考えやすいのは、ブリーラム・ユナイテッドの成功によって地域への訪問者が急増し、航空路線が拡大した事実との混同です。
ネーウィン氏の投資によって、ブリーラムには巨大スタジアム、国際サーキット、ホテル、商業施設などが次々に整備されました。日本語の現地紹介記事でも、「ブリーラム・ユナイテッドが街を変えた」として、スタジアム建設、ホテルの開業、航空路線の新設などがまとめて紹介されています。[参照:TRIPPING!]
こうした話を一続きに聞けば、「クラブのために空港まで整備した」という印象になるのも不思議ではありません。
2015年にはエアアジアがバンコク-ブリーラム線を新設
特に混同の原因になりそうなのが、タイ・エアアジアによる新規就航です。
タイ・エアアジアは2015年4月2日から、バンコクのドンムアン空港とブリーラムを結ぶ路線を1日1往復で開設しました。航空業界誌FlightGlobalにも当時の新規路線として記録されています。[参照:FlightGlobal]
しかも就航後には、ブリーラム・ユナイテッドのファンを対象として搭乗券提示による試合チケット割引キャンペーンまで実施されました。サッカークラブと航空路線の結び付きが非常に強かったことが分かります。[参照:Travel Weekly Asia]
航空会社の宣伝にもブリーラム・ユナイテッドが使われていた
2015年の新規路線発表では、ブリーラムの観光地であるパノムルン遺跡とともに、ブリーラム・ユナイテッドのスタジアムが航空会社のプロモーションに使用されていたことも報じられています。[参照:アジアトラベルノート]
これは当時、クラブそのものが地方への旅行需要を生み出す大きな観光資源になっていたことを示します。
そのため話としては「サッカークラブが強くなったため飛行機まで飛ぶようになった」がかなり実態に近く、それが伝聞で「オーナーが飛行場を作った」へ変わった可能性があります。
空港拡張にもスポーツ都市化が影響している
ブリーラム空港については後年、利用者と便数の増加を受けて拡張計画が進められています。
タイ国空港局は空港開発の必要性について、ブリーラム県がMotoGPをはじめとした世界規模のモータースポーツイベントを推進していることなどにより、乗客数・便数が増えていると説明しています。[参照:タイ国空港局]
つまり空港そのものをクラブオーナーが建設したわけではありませんが、ネーウィン氏が進めたスポーツ都市化が、その後の航空需要拡大に大きく関係したとは考えられます。
「選手の移動のため」という部分も少し違う
ブリーラム空港を利用すれば、チーム関係者がバンコクなどとの間を航空機で移動することはもちろん可能です。しかし、新規航空路線や空港拡張の主要目的は選手専用の移動手段ではありません。
一般旅行者、サッカーファン、モータースポーツ観戦客、ビジネス利用者などを含む地域全体の交通需要を支える公共交通インフラです。
したがって「選手が遠征しやすくなるようオーナーが飛行場を作った」という形で紹介されていたなら、少なくともブリーラムについてはかなり脚色された説明と考えられます。
ブリーラムにはクラブ関連のホテルまである
一方で、ネーウィン氏がクラブを中心として非常に大規模な地域開発を行ったことは間違いありません。
スタジアム周辺にはクラブ名を冠したホテルや、ブリーラム・キャッスルと呼ばれる大型商業施設などが整備されました。タイ国政府観光庁によると、ブリーラム・キャッスルもブリーラム・ユナイテッドのオーナーによって、スタジアムとサーキットの間に開発されています。[参照:タイ国政府観光庁]
こうした施設群を見ると、「クラブオーナーがサッカーのためなら何でも作る」という伝説的なイメージが生まれる背景は理解できます。
スタジアム・サーキット・空港を整理するとこうなる
| 施設 | 完成・開業 | ネーウィン氏との関係 |
|---|---|---|
| ブリーラム空港 | 1996年 | 国の事業。クラブ買収より前から存在 |
| チャーン・アリーナ | 2011年前後 | ブリーラム・ユナイテッドの専用スタジアムとして建設 |
| チャーン・インターナショナル・サーキット | 2014年 | ネーウィン氏が主導した大規模プロジェクト |
| バンコク-ブリーラムのAirAsia路線 | 2015年 | 航空会社が新規開設。クラブファン向けキャンペーンも実施 |
| ブリーラム・キャッスル | 2016年 | クラブオーナーによる商業・観光施設 |
年代順に見ると、「オーナーが空港を建てた」という説が成立しないことがより明確になります。
もしかすると「空港」ではなく「サーキット」の記憶が混ざった可能性もある
もう一つ考えられるのが、「オーナーが飛行場まで作った」という記憶が、実際には巨大なモータースポーツサーキットの話だった可能性です。
チャーン・インターナショナル・サーキットは広大な敷地に長い直線を持つ施設で、写真だけを見ると空港の滑走路を連想することもあります。しかもサッカークラブのオーナーが自ら主導して建設した施設なので、伝聞で内容が変化しても不思議ではありません。
「サッカーのオーナーがスタジアムだけでなくF1規格のサーキットまで作った」という話自体は事実です。
他の東南アジアクラブだった可能性は?
東南アジアでは富豪や大企業、政治家がサッカークラブを所有するケースが多く、クラブ周辺のスタジアム、練習場、ホテルなどへ大規模投資する例もあります。そのため、別のクラブについて似た逸話が存在する可能性まで完全には否定できません。
しかし「タイ」「非常に裕福なオーナー」「サッカーを中心に地方都市へ巨額投資」「航空路線とも密接に関連」という手掛かりを合わせると、ブリーラム・ユナイテッドが記憶の元になった可能性は高いでしょう。
今回確認できた信頼性の高い資料の範囲では、他のタイ主要クラブについて「オーナーが選手専用の飛行場を新設した」という確実な事例は確認できませんでした。
なぜブリーラム・ユナイテッドのオーナーはそこまで投資したのか
ネーウィン氏の狙いは、単純にサッカーチームを強くすることだけではありませんでした。地方都市ブリーラムそのものを「スポーツ都市」にし、観光客や投資を呼び込む構想を進めてきました。
サーキット建設時の報道でも、モータースポーツだけの施設にせず、自動車産業や関連ビジネスも誘致する構想が語られています。[参照:The Nation Thailand]
現在のブリーラムを見ると、サッカー、MotoGP、マラソンなど大型スポーツイベントが地域観光の核になっています。その意味では、クラブへの投資から交通需要まで変化させた非常に珍しい地方創生の例です。
「空港を作った」は間違いでも、話のスケール感はそれほど外れていない
興味深いのは、逸話の中心部分は誤りでも、「クラブオーナーが町のインフラを次々と作るほど巨大な投資をした」という印象自体はそれほど現実離れしていないことです。
実際にネーウィン氏は世界水準のサッカースタジアムを整備し、さらに巨額を投じて国際サーキットを建設し、その周辺に商業・観光施設も整備しています。
さらにクラブとスポーツイベントの人気によって航空会社が新規路線を設定し、後には国が空港拡張まで計画するようになりました。「空港を建てた」のではなく、クラブを中心とした地域開発が既存空港の価値や航空需要まで大きくしたと表現する方が事実に近いでしょう。
まとめ|おそらくブリーラム・ユナイテッドの話だが「オーナーが空港を建てた」は誤伝の可能性が高い
東南アジアのサッカークラブで「オーナーが選手のために飛行場を作った」という逸話について調べると、記憶の元として最も有力なのはタイのブリーラム・ユナイテッドです。
同クラブのネーウィン・チットチョープ氏は2009年末にクラブを引き継いだ後、ブリーラムへ本拠地を移し、巨大な専用スタジアムを建設。その後には国際規格のチャーン・インターナショナル・サーキットや商業施設なども整備し、地方都市を東南アジア有数のスポーツ都市へ変えていきました。
しかしブリーラム空港そのものはネーウィン氏やクラブが建設したものではありません。タイ国空港局の公式資料では、建設計画は1985年から進められ、1996年10月14日に正式な空港として供用されています。ネーウィン氏がクラブを取得した2009年より13年以上前です。[参照:タイ国空港局]
その後、ブリーラム・ユナイテッドやモータースポーツの人気によって地域への訪問需要が増え、2015年にはタイ・エアアジアがバンコク-ブリーラム線を新規開設しました。ブリーラム・ユナイテッドのファン向け割引キャンペーンまで行われていたため、航空とクラブの結び付きは実際に非常に強いものでした。[参照:Travel Weekly Asia]
したがって元の逸話は、「サッカークラブのオーナーが巨大スタジアムやサーキットを建設し、クラブ人気によって航空路線まで拡充された」という複数の実話が混ざり、「選手のために飛行場を作った」と伝わった可能性が高そうです。
もし昔聞いた話の中に「タイの地方都市」「政治家出身の大富豪」「スタジアムも自前で建設」「町全体がクラブカラーになっている」といった要素があったなら、ブリーラム・ユナイテッドの話だった可能性はかなり高いと考えられます。


コメント