相撲はなぜ法律で「日本の国技」と定められていない?政府見解と国技の意味をわかりやすく解説

大相撲

相撲は日本を代表する伝統競技として長く親しまれ、「日本の国技」と呼ばれることも非常に多いスポーツです。両国には「国技館」があり、日本相撲協会側も相撲を国技として位置付けてきた歴史があります。そのため、「それほど国技として定着しているなら、なぜ法律で正式に相撲を日本の国技と定めないのか」という疑問が生まれるのは自然です。

実は日本では、そもそも法律上の「国技」という制度自体が設けられていません。政府も国会答弁で、国技を認定する基準や考え方を定めていないことを明確にしています。そのため、相撲は文化的・社会的な意味では国技と呼ばれていても、法律によって指定された「法定国技」ではありません。

さらに政府は、特定の競技だけに国技という特別な法的位置付けを与えることについて、少なくとも過去の公式答弁では考えていないとしています。この記事では、相撲が国技と呼ばれる理由、政府の公式見解、なぜ法律化されていないのか、そして法律で国技を定めると何が変わるのかを整理します。

結論|日本には法律で定められた「国技」が存在しない

最初に重要なのは、「相撲が国技として認められていない」というより、日本では国技を法律で認定する仕組みそのものが存在していないという点です。

2011年には衆議院で「国技としての大相撲のあり方に関する質問主意書」が提出され、政府に対して「国技とは何か」「大相撲を法的に国技として位置付けるべきではないか」などが質問されました。

これに対する政府答弁では、国技について一般に「その国特有の技芸。一国の代表的な競技」という意味があるとしたうえで、政府として国技を認定する基準や考え方を定めたものはないと明言しています。[参照:衆議院・国技としての大相撲のあり方に関する政府答弁書]

政府は相撲を正式な「国技」と認定しているわけではない

相撲について政府関係者が「国技」という表現を使うことはあります。しかし、それは法律上の資格や称号として使用しているわけではありません。

2011年の政府答弁では、当時の文部科学大臣が相撲について「国技とも言われた相撲」と発言したことについて、相撲が広く国民に親しまれているという趣旨だったと説明しています。

つまり政府が日常的な意味で「国技」と表現する場合があっても、それは「政府が法律上の国技として認定している」という意味ではないということです。

日本相撲協会は相撲を「国技」と位置付けてきた

一方、日本相撲協会側では相撲を国技として扱ってきました。政府も2011年の答弁で、当時の日本相撲協会の寄附行為に相撲を「わが国固有の国技」とする記載があることを認識しているとしています。

ただし政府は、その表現について「政府が認定したもの」ではなく、相撲協会が自ら判断して使用しているものという位置付けを示しています。

現在でも両国国技館の公式案内では大相撲を「日本の国技」と紹介しています。社会的・文化的な意味では、相撲を国技と表現することは広く定着しているといえるでしょう。[参照:国技館公式サイト]

なぜ政府は相撲だけを特別扱いしないのか

国技を法律で定めない理由について「これ一つが理由」とする法律上の説明があるわけではありません。ただし、政府の過去の答弁を見ると基本姿勢はかなり明確です。

2011年に「国技の規定・定義を明確にして法的根拠を設けるべきではないか」と問われた際、文部科学省は広くスポーツを振興するという観点から、特定の競技種目へ特別な位置付けを与えることは考えていないと回答しています。[参照:衆議院・政府答弁書]

この考え方では、国がスポーツ政策を行う際に「相撲だけが国家的に最上位の競技である」と法律で序列化するより、多様な競技を広く振興する方が政策上適切だということになります。

スポーツ基本法にも「国技」というカテゴリーはない

日本のスポーツ政策における基本的な法律が「スポーツ基本法」です。しかし、この法律にも「国技」という制度や、相撲を特別な競技として指定する規定はありません。

スポーツ基本法は、スポーツを世界共通の人類の文化と位置付け、国民が年齢や性別などにかかわらずスポーツへ参加できる環境を整えることを基本理念としています。[参照:e-Gov法令検索・スポーツ基本法]

その内容も、特定の一競技を国の代表として指定するというより、スポーツ全体の振興、競技環境の整備、競技水準の向上、安全、公正などを対象としています。

「国技」という言葉には法律上の効果がない

現在の日本における「国技」は、文化的・慣習的な呼称と理解するのが適切です。

例えば相撲を国技と呼んだからといって、法律上ほかのスポーツより優先的な権限が発生するわけではありません。国が必ず財政支援しなければならない、学校教育で必修にしなければならない、あるいは相撲協会へ特別な行政権限が与えられる、といった効果もありません。

つまり現状では「国技」という言葉は、法的資格ではなく、その国を代表するほど文化的に重要な競技であることを示す表現として使われています。

なぜ相撲が国技と呼ばれるようになったのか

相撲には非常に長い歴史があり、日本の古代史や神話・祭礼とも関係してきました。現代のプロスポーツとしての大相撲だけではなく、相撲という競技そのものが日本文化の中で長く継承されてきたことが、国技と呼ばれる大きな背景です。

また明治以降、大相撲が近代的な興行として発展し、1909年に東京の常設相撲場が完成した際に「国技館」と名付けられたことも、「相撲=国技」というイメージが社会に定着するうえで大きな役割を果たしました。

現在の両国国技館も、大相撲本場所を象徴する施設として広く知られています。そのため法律がなくても、社会的には「日本の国技といえば相撲」というイメージが形成されてきました。

「国技館がある=法律上の国技」ではない

ここは混同しやすいところです。「国技館」という名称があるため、国が相撲を正式な国技として認定した施設のように感じることがあります。

しかし「国技館」という名称自体が、相撲の法的位置付けを決めているわけではありません。現在の国技館も日本相撲協会が使用する大相撲の主要会場であり、相撲以外のイベントにも利用されています。

したがって、「国技館という建物が存在する」ことと「法律上、相撲が国技に指定されている」ことは別問題です。

法律で国技を決めると新たな問題も生まれる

もし「日本の国技は相撲である」という法律を制定すると、単純に名誉ある称号を与えるだけでは済まない可能性があります。

例えば、なぜ柔道や剣道ではなく相撲なのか、国技に指定された競技へ税金や行政支援を優先するのか、国技を運営する団体にどのような責任を負わせるのか、といった制度設計が必要になります。

さらに国技という法律上の地位を作るなら、指定する条件、取消条件、監督主体なども決めなければなりません。「国技」と一言書くだけでは、法律として何を実現する制度なのかが明確にならないためです。

不祥事が起きた場合に「国技取消し」という問題も出る

法律上の国技制度を作った場合、その競技団体で重大な不祥事が発生したときにどう扱うかという問題も生じます。

実際、2011年の国会質問は大相撲の八百長問題などを背景として提出されており、「不祥事が頻発する中で国技と称することを制限すべきではないか」という質問も行われました。

これに対して政府は、政府として国技の認定基準を設けていないため、日本相撲協会が相撲を国技と称するかどうかは協会自身が判断すべきものとしています。[参照:衆議院・政府答弁書]

法律で定めなくても相撲の文化的価値は変わらない

国技が法制化されていないからといって、相撲の文化的な位置付けが低いという意味ではありません。

むしろ相撲が「国技」と広く呼ばれるのは、法律による強制ではなく、長い歴史を通じて社会の中にその認識が形成されてきたからだとも考えられます。

法律に「相撲は国技である」と書かなくても、大相撲本場所、横綱という地位、土俵入り、相撲部屋など日本独自の文化は存在し続けます。国技という言葉を文化的称号として考えるなら、必ずしも法制化が必要とは限りません。

海外では国技を法律で定めている国もある

世界を見ると、特定のスポーツを法律や政府決定によって「国家スポーツ」「国民的スポーツ」などと位置付ける国もあります。

ただし国技の扱いは国によってまったく異なり、法律で明確に定める場合もあれば、歴史的・文化的慣習によって事実上の国技とされる場合もあります。

そのため「国技であるなら必ず法律で指定されているはず」というものではありません。日本は後者に近く、相撲は社会的には国技として扱われながら、法律上の指定制度を設けていない国と考えられます。

相撲以外にも日本を代表する競技はある

現代の日本では、柔道、剣道、野球、サッカーなど多くの競技が広く親しまれています。特に柔道は日本発祥であり、現在では世界的なオリンピック競技にもなっています。

野球についても競技人口や観戦文化の規模から「事実上の国民的スポーツ」と評されることがあります。

そのため国家が一つだけを国技に指定すると、「日本を代表するスポーツとは何か」という価値判断を国が行うことになります。多様なスポーツを振興する現在の政策とは必ずしも相性が良いとは限りません。

「国技」と「国民的スポーツ」も意味が少し違う

国技という言葉は、その国独自の歴史や文化を象徴する競技という意味で使われることがあります。一方、「国民的スポーツ」は、その時代に多くの国民が参加・観戦している人気スポーツという意味で使われることが多い言葉です。

この区別で考えると、相撲は歴史・伝統面から国技と呼ばれ、野球などは競技人口や観客数の面から国民的スポーツと呼ばれることがあります。

もちろん、どちらにも法律上の厳格な定義があるわけではありません。日常用語として使われている表現です。

もし「相撲国技法」を作るなら何を決める必要がある?

仮に将来、相撲を正式な国技とする法律を制定するとしたら、単純な宣言だけでなく制度の目的を考える必要があります。

論点 考える必要がある内容
国技の定義 どのような条件を満たせば国技なのか
対象 相撲だけなのか、複数の競技を認めるのか
法的効果 単なる称号なのか、補助・保護制度を設けるのか
管理主体 国、スポーツ庁、競技団体のどこが管理するのか
団体との関係 日本相撲協会と国技としての相撲を同一視するのか
取消制度 重大な不祥事などの場合にどうするのか

こうして見ると、「国技と法律に書けば終わり」というほど簡単ではありません。法制化するなら、国技という地位にどんな法的意味を持たせるのかまで決める必要があります。

相撲と大相撲は厳密には同じではない

国技について考える際には、「相撲」という競技・文化と、「大相撲」というプロ興行を区別することも重要です。

相撲そのものは学校、大学、実業団、アマチュア大会などでも行われています。一方、大相撲は日本相撲協会によって運営されるプロの興行・競技体系です。

仮に法律で「相撲を国技」と定めた場合でも、それが日本相撲協会という一団体に特別な法的地位を与えることを意味するのか、それとも競技・文化としての相撲を指すだけなのかを区別しなければなりません。

法律より文化的合意で成り立っている「国技」

相撲のケースで興味深いのは、法律による指定がなくても、多くの人が「国技」と聞いて相撲を連想する点です。

これは国家が上から指定した称号というより、長い歴史、興行文化、メディア、国技館という名称などが積み重なって形成された社会的な認識と考えられます。

その意味では、相撲の「国技」という地位は法的制度より文化的慣習によって成立していると表現した方が実態に近いでしょう。

政府の立場を整理するとどうなる?

疑問 政府見解の整理
国技の法律上の定義は? 存在しない
国技を認定する基準は? 政府として定めていない
相撲は政府認定の国技? そのような制度上の認定はない
相撲協会が国技と称するのは? 協会が適切に判断する事項
国技を法制化する予定は? 過去の政府答弁では特定競技への特別な位置付けは考えていない

この政府答弁は2011年のものですが、現在のスポーツ基本法にも「国技」の指定制度は設けられていません。したがって現在も、相撲が法律上の国技でないという基本構造は変わっていません。[参照:e-Gov法令検索・スポーツ基本法]

まとめ|相撲は「法律で決めた国技」ではなく「社会的・文化的な国技」

相撲が「事実上の日本の国技」と広く認識されながら法律で定められていない最大のポイントは、日本には国技を法律で認定する制度そのものがないことです。

政府は国会答弁で、国技について政府として認定基準や考え方を定めたものはないと明確にしています。また、日本相撲協会が相撲を国技と位置付けることについても、政府による認定ではなく協会自身の判断という立場を示しています。[参照:衆議院・政府答弁書]

さらに、国技を法律で定めるべきではないかという質問に対して、文部科学省は広くスポーツを振興する観点から、特定の競技種目へ特別な位置付けを与えることは考えていないと回答しています。

現在のスポーツ基本法も、相撲を含む特定の競技を国家的に最上位へ置く仕組みではなく、多様なスポーツを広く振興する制度になっています。[参照:e-Gov法令検索・スポーツ基本法]

したがって相撲は、法令によって指定された意味での国技ではありません。しかし長い歴史、日本独自の文化、大相撲の社会的な知名度、そして国技館という象徴的な存在などによって、法律がなくても「日本を代表する国技」と広く認識されている競技です。

むしろ現在の日本では、国技という言葉を法的資格ではなく文化的な称号として残しているからこそ、国家がスポーツに順位を付けず、それでも相撲を日本固有の重要な文化として評価できる仕組みになっている、と考えることもできます。

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