1984年7月31日に行われたジャイアント馬場選手とスタン・ハンセン選手によるPWFヘビー級選手権試合は、昭和プロレスを代表する名勝負のひとつとして語り継がれています。圧倒的なパワーを誇るハンセン選手に対し、馬場選手が意外性のあるスモールパッケージホールドで勝利したことで、多くのファンに強烈な印象を残しました。
当時のファンの間では、馬場選手のランニングネックブリーカードロップによる決着を予想する声も多くありました。しかし、実際の試合は予想とは異なる結末となり、なぜこのフィニッシュが選ばれたのか、どのような意味があったのかが現在でも議論されています。
1984年PWF戦が注目された理由
1984年当時、スタン・ハンセン選手は全日本プロレスを代表する外国人レスラーとして絶大な人気と実力を誇っていました。ブルロープを使った荒々しいファイトスタイルと、ウエスタンラリアットという必殺技は、多くのレスラーを倒してきました。
一方のジャイアント馬場選手は、日本プロレス界を長く支えてきた大スターでした。全盛期を過ぎた年齢ではありましたが、豊富な経験、試合運びの巧さ、観客を引き込む力は健在でした。
そのため、この対戦は単なるタイトルマッチではなく、パワーで押し切るハンセンと、経験と技術で迎え撃つ馬場という対照的なレスラー同士の戦いとして大きな期待を集めました。
馬場がスモールパッケージホールドを選んだ意味
スモールパッケージホールドは、一瞬の隙を突いて相手を丸め込むフォール技です。ハンセンのような大型でパワーのある選手を正面から倒すことは非常に難しく、馬場選手が勝利するためには工夫が必要でした。
ランニングネックブリーカードロップのような馬場選手らしい大技での決着を期待していたファンも多かったですが、あえて丸め込み技で勝利したことで、ハンセンの強さを損なわずに馬場の勝利を演出することができました。
プロレスでは単純に強い技を決めれば勝ちというものではなく、相手の魅力を残しながら勝敗を表現することも重要です。このフィニッシュは、まさに経験豊富な馬場選手ならではの判断だったと言えます。
ハンセンの強さを守った敗戦だった
当時のハンセン選手は、外国人エースとして絶対的な存在感を持っていました。そのため、もし馬場選手が圧倒的な形で勝利してしまうと、ハンセンの恐ろしさが薄れてしまう可能性がありました。
しかし、スモールパッケージホールドという偶然性や一瞬の判断が影響する決着にしたことで、「ハンセンは負けたが弱くなったわけではない」という印象を残しました。
これはプロレスのストーリー作りにおいて非常に重要な要素であり、敗者の価値を落とさずに王者交代やタイトル防衛を表現する方法のひとつでした。
当時のファンが感じた驚きと評価
当時会場やテレビで試合を見ていたファンの多くは、スモールパッケージホールドによる決着に驚いたと言われています。ハンセンのラリアットや馬場の大技による劇的な展開を予想していた人にとって、予想外の結末でした。
しかし、後から振り返ると、この意外性こそがプロレスの魅力でもあります。観客の予想を裏切りながら、納得できる結末を作ることが名勝負につながります。
もしランニングネックブリーカードロップで勝利していた場合、それはそれで盛り上がった可能性がありますが、スモールパッケージホールドだったからこそ、現在まで語られる印象的な試合になったとも考えられます。
まとめ:馬場対ハンセンPWF戦は技術と物語が融合した名勝負
1984年7月31日のジャイアント馬場対スタン・ハンセンのPWF戦は、単純な力比べではなく、レスラー同士の個性と試合構成の妙が光った一戦でした。
馬場選手のスモールパッケージホールドによる勝利は、多くのファンにとって予想外でしたが、ハンセンの強さを守りながら馬場の勝利を成立させる、プロレスならではの巧みな決着でした。
当時を知るファンにとって、この試合は「どの技で勝つか」だけではなく、「どのように勝敗を表現するか」が重要だった昭和プロレスの魅力を象徴する試合のひとつと言えるでしょう。


コメント